格安航空券比較~「航空券ドットネット」ロリポップのドメインは選べる全105種類!!旅行のクチコミサイト フォートラベル

鹿児島ユナイテッド 徳重代表「鹿児島のサッカーが動き始めた」

10
03月
2014

写真:鹿児島ユナイテッドFC徳重剛代表)昨年の12月2日に統合が発表され、誕生した鹿児島ユナイテッドFC。鹿児島初のJリーグクラブ誕生を目指すクラブの代表には、FCKAGOSHIMAの徳重剛代表が就任した。今回徳重代表が、新シーズンへの意気込みや、鹿児島サッカーに対する想いなどを語った。 Read more →

「欧州と南米の指導方法から日本の育成世代の課題を紐解く」ジェフユナイテッド千葉U-18コーチ永田雅人

06
03月
2014

写真右:ジェフユナイテッド千葉U-18コーチ永田雅人)近年、海外を舞台に活躍する日本人選手の数は増加の一途を辿るが、海を渡る指導者の数も増えている。「海外との差を埋めるのは指導者の質の向上も求められる」という議論を耳にする機会は少なくない。今回話しを聞いた永田雅人氏は、大学卒業後ドイツ、イタリアで3年間指導者としてのノウハウを学び、アヤックス、パナシナイコスなどで指揮をとった名将ヘンク・テン・カテの指導法を肌で感じた。 Read more →

「ブラジルと日本を繋ぐ」通訳としての生き方。栃木SC古川宏人

27
02月
2014

写真:右 栃木SC 古川宏人通訳)ブラジルで選手としてプレーした経験を活かし、現在は栃木SCの通訳として活躍する古川宏人。助っ人選手として来日するブラジル選手が、日本の環境に適応できるか否かという観点の中で、通訳の果たす役割は決して小さくない。2013年シーズン栃木SCに在籍した三都主アレサンドロ(現:FC岐阜)は、「ブラジル人にとっては、何か困ったことがあればいつも傍にいてくれる心から頼りになる存在。皆の為に自然と動けているところは本当に尊敬に値します。」と吉川へ信頼を寄せていた。通訳とは「ブラジル人と日本を繋ぐもの」と話す吉川の考えを聞いた。 Read more →

【インタビュー】「サッカーで世界を一本の線に」稲若健志

20
02月
2014

写真:パルメイラス役員と稲若健志さん)マラドーナに憧れて海を渡った稲若健志は、一発勝負の入団テストで4得点を記録しアルゼンチンでプロ契約を勝ち取った。その後は、日本とアルゼンチンで活躍し、栃木SC在籍時に27歳で株式会社ワカタケを設立。2009年後の引退後は、アルゼンチンへの日本人選手の留学斡旋業、スポーツクラブのクラブマネージャー、スポーツスクールの運営、スペイン語の通訳、選手のマネジメント業務をこなし、セカンドキャリアを築いている。近年ではアルゼンチンだけではなく、レアル・マドリードのファンデーションキャンプの通訳を務めるなど、スペインとの関係性も強め、中国、ドバイといったアジアや中東のサッカー新興国との親交も深めている。そんな稲若が目指しているのは、「世界を一本の線で繋ぐこと」という。アルゼンチンや選手時代の話しを交えながら、稲若の描くビジョンに迫った。 Read more →

アルゼンチン奮闘記 小林徹、飯沼直樹のケース

13
02月
2014

写真:小林徹さん)都内の高校を卒業後、アルゼンチンに飛び出した小林徹は練習生を経て、20歳で念願であったプロ契約をCAヌエバ・チカゴと結んだ。しかし、小林がプロとして過ごせた時間はごくわずかであった。日本に一時帰国し、再びアルゼンチンに戻った際の空港で解雇を告げられる。この時生まれて人前で泣いたという小林は、人目をはばかる余裕もなく、溢れ出る涙をしばらく止めることができなかった。こうして、再び練習生としてアルゼンチンでプロを目指す日々が始まった。 Read more →

日本人初!ブラジルリーグ10代GK磯部和彦の軌跡。

05
02月
2014

湘南ベルマーレを退団後、新天地をブラジルに求めた1人の日本人GKがいる。2013年にブラジル・サンパウロ州に本拠地を置く、CAタボン・ダ・セーハ(セリエB所属)とプロ契約を結んだ磯部和彦である。(現在はCAジュベントス『セリエA3所属』にレンタル移籍中。)10代の日本人GKが、プロ選手としてブラジルリーグのピッチに立ったのは初めてのことである。 Read more →

【インタビュー】日本人初Aリーガープレーヤー今矢直城の流儀。

28
12月
2013

写真:日本人初Aリーガープレーヤー今矢直城さん)公式戦出場記録0。日本での今矢直城のフットボーラーとしての経歴書だ。しかし、海外での実績は目を向けるとその経歴は一転する。10歳の時に移り住んだオーストラリアで、日本人選手として初のAリーグプレーヤーとなり、3度のリーグ優勝とベストイレブンに選出。その後、スイス1部リーグでプレーした初の日本人選手となり、UEFAカップに出場。(呼称は当時)再びオーストラリアに戻り、ニュージーランドでのプレーを経て、ドイツで現役生活を終えた。引退後は30歳で『株式会社Naocastle』を設立し、現在は通訳として活躍する傍ら、英語とサッカーやフットサルを同時に学べるサッカースクールを主催し、自身の経験を子供達に還元している。2010年からは、早稲田ユナイテッドの監督に就任。当時2部だったチームを東京都社会人サッカーリーグ1部に昇格させた。4ヶ国、11チームを外国人助っ人として渡り歩いた今矢が感じたサッカー感に迫った。 Read more →

【インタビュー】世界を渡り歩いたフットボーラー近江孝行が見たドイツでの日本人選手像とは。

19
12月
2013

写真:world Football Connection近江孝行さん)草津東高校在学中に、3年連続全国高校サッカー選手権大会に出場。第79回全国高等学校サッカー選手権大会では、大久保嘉人選手率いる国見高校と決勝で対戦し、準優勝。同大会の優秀選手に選出され、ヨーロッパ遠征に参加した。近畿大学進学後も主将を務めるなど、日本での近江孝行の実績は輝かしいものだった。しかし、大学卒業後は一転ドイツに活躍の場を求め、ドイツの2チームでプレーした後、ニュージーランドへ渡り2部リーグの最優秀選手に。その後もニュージーランドの名門オークランド・シティFC、オーストラリアのシドニー・オリンピックFCで活躍し、現役最後の地としてインドを選んだ。2012年の引退後は「World Football Connection 株式会社」を設立し、現在はドイツを中心に日本人選手の海外での生活のサポートをしている。そんな股旅フットボーラーである近江さんの目に「世界」はどう映ったのか。ヨーロッパで最も裕福な都市の1つ、フランクフルトにて話しを聞いた。 Read more →

【インタビュー】元日本代表岡田監督がアドバイザーを務めるバニーズ京都SC ・佐々木代表

21
05月
2013

2006年に設立されたバニーズ京都SCは、なでしこチャレンジリーグ(2部相当)の中堅クラブ。前身の宝塚バニーズ時代は、元日本代表の野田朱美さん等セミプロ選手で構成されたクラブとして、まだ日の当らなかった女子サッカー界の注目の的でもあった。しかしながら、“良い時”は長くは続かず、運営会社が撤退し、その後は市民クラブとして活動を続けた。そんなバニーズに手を差し伸べたのが総合教育サービス企業グループ「成基コミュニティグループ」の佐々木喜一代表だった。万全の経営母体に支えられながら、顧問アドバイザーに迎えた元日本代表岡田武史監督の強力なバックアップの下、バニーズ京都は1部昇格を目指す。Read more →

【インタビュー】女子サッカーの“すべて”を知る重鎮・INAC文弘宣会長

15
05月
2013

(写真:文弘宣会長)2年連続無敗でリーグ優勝を果たし、今なお無敗記録を更新し続けるINAC神戸レオネッサ。なでしこジャパンのメンバーを多数抱え、誰もが認める女子サッカー界の女王クラブだ。そんなINACの運営会社である、株式会社アスコホールディングス(神戸市)を率いるのが文弘宣会長である。ドイツ女子ワールドカップが開催された2011年、日テレ・ベレーザからプロ契約を打ち切られた澤や大野をチームに温かく迎え入れた。澤が「文会長がいなかったら、W杯の優勝はもっと遠いものだった」と語るほど、女子サッカー界にもたらした功績は計り知れない。親しみやすい笑顔と軽快な語り口で選手やサッカー関係者を魅了する一方で、「経営者」としてのシビアな面も時折覗かせる。世界中を見ても決して成功事例は多くない「サッカービジネス」において、黒字経営に導いたその手腕とノウハウを明かしてくれた。  Read more →