【インタビュー】元日本代表・鈴村「がんを乗り越え、もう一度輝くピッチに」

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30
08月
2013

「上咽頭がんと診断されました」。元フットサル日本代表でデウソン神戸所属の鈴村拓也(34)の口から、2012年12月9日の試合後に衝撃的な告白がされた。突然の発表に、チームメイトや観客は言葉を失った。静まりかえる会場に、「必ずピッチに戻ってきます」という強い一言が響き渡った。鈴村の決意に、涙を浮かべるサポーターからは「スズ待っているぞ」という温かい言葉が掛けられた。

それから、9カ月。鈴村はサポーターと交わした約束を見事に果たそうとしている。9月中には、試合復帰も見えてきた。「気合と根性」を合言葉に、不屈の精神で乗り越えた辛い闘病生活や、大好きなフットサルを出来る喜びを語ってくれた

■「まさか自分が!?」 突如、襲った病魔

-まず病気の話をお聞きします。「がん」が見つかった経緯を教えて下さい。

鈴村拓也(以下、鈴村):昨年の夏ごろから耳の下の両側(リンパの周辺)に腫れがあって、痛みも体の異変も全くなかったんですが、「これなんだろう」という感じで病院に行きました。初めての検査で、いきなり「悪性リンパ腫の疑い」と診断され、ショックでした。

「あくまでも疑いです」と言われたので、とりあえずリンパの腫れの部分の摘出手術を行いました。

ですが実際はそれが病巣ではなく、鼻の周辺にどうも問題があるということで、後日再度検査を行いました。そして、「上咽頭がん」と診断されました。「10万人に1人」の原因不明のがんらしく、「運が悪かった」とだけ言われましたね。それが、昨年の12月です。

 

-がんであると通達された時の気持ちを教えて下さい。

鈴村:「まさか自分が!?」という気持ちでした。ただ最初の検査で「(悪性リンパ腫の)可能性は高い」と言われていたので、正式な結果が出た時は「やっぱりか」という感じでした。

どちらかというと、はっきりとした結果が出るまでが怖くて、すごく嫌でした。 その時はがんといえば「生死に関わるもの」というぐらいしか知識がなくて。でも、「治療すれば治る」と先生にはっきり言ってもらえたんで、それを信じて気持ちを切り替えましたね。

 

■3ヶ月後には長男が誕生予定。診断結果に妻は・・・

-奥さんはどのような反応でした?

鈴村:「治るんやから、やろっ!」と一言あっただけで、何も言わなかったですね。実際は僕より大変だったと思います。今年の3月には長男が生まれましたが、出産と子育て、そして看病と1人で抱えて、苦労させてしまったなと思います。

妻は「治すことだけを考えて」と言ってくれたんで、僕は病気を治すことだけに集中しました。「子どもは任せた」と言うと、「分かった」と。しんどかったと思いますけど、強い人なんでその他は全て任せました。

 

■記憶から抹消したいほど辛かった副作用

-抗がん剤投与(5回)や放射線治療は相当副作用がしんどいと聞きますが。

鈴村:まぁ、きつかったですね。自分の記憶から抹消したいぐらいです。できることなら。水すら吐いてしまうぐらい、吐きグセがついちゃいましたから。食事制限はなかったんですけど、一時期は食べ物を見るのも嫌でしたね。

 

-心が折れそうになったこともあったんじゃないですか?

鈴村:折れましたよ、一度。ある日誰にも会いたくなくなりました。妻と子供が毎日面会に来てくれていたんですけど、1日中部屋を真っ暗にして、家族にも会わないようにしていました。それから寝ることもできなくなってしまって、「ただ時間が早く過ぎてくれ」とだけ思っていました。夜中に病院をウロウロしたりして、「やっと5時になった」みたいな感じで。そういう時期が10日ほど続きました。

 

-その状態を抜け出すきっかけみたいなのがあったんですか?

鈴村:いや、特にあったわけではないんですけど、ある時自然にカーテンを開けることができて、それから少しマシになっていった感じです。

 

-やはり周りの支えが、がんを乗り越える力になったのではないですか?

鈴村:それがなかったら、絶対に無理でした。家族はもちろんのこと、サポーターやクラブ、サッカーやフットサル選手、高校の同級生も僕の復帰を望んでくれていて、そのために陰で動いてくれていました。

 

 【次ページ】みんなに助けてもらった命だからこそ・・・

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