【インタビュー】大宮加入の泉澤仁「もっとNACK5を沸かせられる」

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08
09月
2013

阪南大学4年のFW泉澤仁(21)は、2年時から3年連続で全日本大学選抜メンバー入りをしている165cmの小柄な生粋のドリブラ-。3年時に関西学生リーグのMVPを獲得し、関西のみならず全国にその名前を轟かせた。

ドリブル、スピード、シュートの3拍子が揃った18歳(当時)の獲得を熱望し、阪南大に連れてきた須佐徹太郎監督は「頭の整理ができて、適切なプレーを選択できるようになった」と大学での成長を評価する。

J1の3クラブとJ2の1クラブが正式オファーを出したサイドアタッカーは、「スカウトの熱さが決め手」と大宮アルディージャ入りを決意。今年の8月には早速ベンチ入りも果たした泉澤の大学時代と今の心境に迫る。

 

■3ヶ月間、毎日そばにいた大宮のスカウト

-正式なオファーは4クラブからでした。大宮に決めた理由は?

泉澤 仁(以下、泉澤):スカウトの熱心さとスタッフ陣のレベルの高さですね。クラブの施設も良かったですし。本当に最後の最後まで悩みましたけど。

 

-スカウトの熱心さがストーカー並みで、それが決め手とも記者会見で言ってましたね。

泉澤:スカウトの方は、本当に僕のことを第一に考えてくれていました。大宮の良い部分だけでなく、あえて良くない部分も伝えてくれました。1月にオファーをもらったんですが、その日から毎日グラウンドに顔を出してくれていたし、韓国やドイツへの遠征にも付いて来てくれました。間違いなく、一番長く一緒に居てくれましたね。マネージャーみたいに(笑)。

 

-それだけしてもらったら断れないですね(笑)

泉澤:そうですね(笑)。3カ月間毎日会っていましたし、7時からの朝練も来てくれていましたからね。ただランニングするだけなんですよ。それを見ても意味ないのに、顔出してくれて。でも、他のクラブのスカウトの方も熱かったですね。

 

-それだけの価値がある選手だと思われたということですね。

泉澤:そうだと嬉しいですね。

 

■加入決定後に突如訪れた監督解任

-チョ・ヨンチョル選手の存在も大きかったようですね。

泉澤:そうですね。新潟のユース時代に、間近でヨンチョルさんのプレーを見ていたんですけど、本当にすごくて異次元でした。「この人と一緒に練習し、ポジション争いをしたらもっと成長できる」と思っていたし、単純に一緒にサッカーがしたかったです。

実際大宮でプレーするようになって、僕にすごく気を配ってくれますし。本当にいい人です。オフの日には二人で横浜の中華街にご飯を食べに行って、2人でみなとみらいの観覧車に乗りましたからね(笑)。でも、近い将来ヨンチョルさんからポジションを奪っていきたいとも思っていますよ。

 

-大宮では他に、尊敬している選手は?

泉澤:渡邉大剛選手は、ものすごく体のケアに気を使っていて、見習わなくてはいけないなと思います。あとは、橋本早十選手です。試合の出場機会はあまり多くないんですが、グチや文句を一斉言わず、いつでも試合に出られるように準備されています。「プロの鏡」ですね。

 

-ベルデニック前監督からは「大学辞めてすぐおいでよ」と言われていたそうですね。

泉澤:実は、3年で大学を辞めて、プロになるつもりだったんですよ。もちろん、どのクラブに行くとかは決まってなかったんですが。その意思を須佐監督に伝えたところ「お前にはまだ教えることがたくさんある」と言ってくれたんで、その言葉を信じてあと1年間大学でサッカーやろうと決意していました。

 

-入団内定後に、急きょ監督が交代しました。どのように受け止めていますか?

泉澤:加入の1年目で小倉監督の下でやれることは幸せですし、来年もぜひ小倉さんにやってほしいです。ベルデニック前監督は「シンプル」がモットーで、パスを回しながら攻撃を組み立てるように指導されていましたが、小倉さんはできるだけドリブルで前に運べと言ってくれるので、より僕の個性を出せる指導者じゃないかなと思っています。

 

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