【コラム】引退も考えた『デカモリシ』と呼ばれた男・森島康仁の現在地

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11
11月
2012

香川真司、柿谷曜一朗、森島康仁。

この3選手は2006年にセレッソ大阪に加入した同期である。入団時、この3選手で最も注目を浴びなかったのは、現在日本代表で10番を背負う香川だった。 C大阪下部組織の『史上最高傑作』と言われた柿谷と、C大阪U-15から滝川二高に進み、高校3年時には特別指定選手としてC大阪に登録された森島は大きな注目を集め、待遇面でも香川より良かった。 それから4年の時が流れ、2010年のシーズン終了後、C大阪の選手寮であるパウサの秀島寮長と話す機会があった。 

2010年は香川がドルトムントに所属し、ブンデスリーガの前期で17試合8ゴール。柿谷は徳島ヴォルティスに所属し、J2で34試合4ゴール。森島は大分トリニータに所属し、J2で25試合2ゴール。 秀島寮長が一番心配していたのは森島だった。ドルトムントで大活躍した香川はもちろん、柿谷に関しても徳島にレンタル移籍した後は、当時の美濃部直彦監督(現・京都産業大ヘッドコーチ兼佐川印刷テクニカルアドバイザー)や倉貫一毅(現・京都)らの影響で状況は上向いてきていた。

秀島寮長は「森島はお酒が大好きで、それとも戦ってる。次(2011年)がダメだったら引退も視野に入れると言っていたから喝を入れた」と語った。それに応えるかのように、2011年の森島は調子を上げてJ2で35試合11ゴールと活躍。引退どころかキャリアハイの成績を残すこととなった。しかしチームは勝ちきれない試合が続き12位。大分はJリーグの公式試合安定開催基金からの融資がまだ5億円残っていた為、3位に入っても昇格できない可能性があり、そのことがチームのモチベーションを低下させた。

そして迎えた2012年。同期の香川は世界トップクラスのクラブであるマンチェスターユナイテッドへ移籍。柿谷はJ1のC大阪に復帰し、エースとして二桁得点をあげている。 また森島も大分のエースとして昨年を上回る成績を残し、最終節を前に36試合で14ゴールをあげている。クラブも10月12日に公式試合安定開催基金からの融資を完済。J1昇格へあとは成績次第となるが、この終盤にきてその森島が5試合5ゴールと活躍している。最終節を残して、大分は4位と昇格プレーオフへの進出を決めており、最終節の結果次第では自動昇格もある。 

2009年にC大阪から完全移籍した森島の移籍金約5,000万円を未精算にしていた大分は、2010年に移籍金と相殺するかたちで清武(現・ニュルンベルク)・高橋・上本(現・仙台)をC大阪に移籍させたが、3選手はC大阪の主力として活躍。森島がその移籍金の価値に応えることができたといえるのは、今季チームを昇格へ導き、J1でゴールラッシュを見せた時ではないだろうか。

もともと『デカモリシ』と呼ばれたのはC大阪入団時に在籍していたミスターセレッソ・森島寛晃氏の存在があったからこそ。しかし今年の9月、森島康仁はツイッターで一般ユーザーから「セレッソを見返せ」とメッセージを受けた際、「見返すも何も トリニータしか見てない」と大分への想いを示している。 もう彼は『デカモリシ』ではなく、大分のエースストライカー『森島』なのかもしれない。 香川・柿谷・森島。このトライアングルはもうC大阪では見れないだろう。それでも、サムライブルーをまとった3人のトライアングルに想いを馳せるのは、きっと秀島寮長だけではないはずだ。

 

金谷元気

1984年生まれ。好きなリーグは、J2と地域リーグ。

過去のコラムなどは以下。

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