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【インタビュー】大産大・満生充「もう一度Jの舞台でサッカーを」

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10
06月
2013

大阪産業大学満生充
(写真:大阪産業大学 満生充)

2008年の大阪桐蔭高校出身初のJリーガーとして水戸ホーリーホックに加入した満生充。2010年に水戸を退団した後、大阪産業大学サッカー部に加入し、もう一度Jリーグでプレーすることを目標に大産大で日々進化を続けている。

 

■Jリーグは別世界だった

-大阪産業大学に入った経緯は?

満生:実は、大阪桐蔭から大阪産業へ入学して、すぐに休学という形で水戸に入団していたんですよ。だから「水戸で契約を更新してもらえない」となった時に、すぐに大産大へ戻ってくることができたんです。

 

-水戸との環境の違いはありますか?

満生:水戸はサッカーだけできる環境があったので、幸せな時間を過せるはずだったんですが、初めの半年間は地獄でした。高校から大学、そこからプロだとワンステップずつ上がっていくけど、高校からプロだと一気に2ステップ上がってしまうので、パスのスピードもプレーの判断も早いし、自分と比べると、身体能力やフィジカルの強さなど全てのレベルが高すぎて、最初の半年間何もできなかったです。何もできなくなることで自信もなくなって、ボールを貰ったらミスするんじゃないかと弱気になってしまって、ボールも貰いたくなくなりました。「自分はプロなのに何をしているんだろう」と考え込んで、練習後は孤独になってしまうという最悪の状況に陥っていましたね。

オフ・ザ・ピッチでも、大卒の人たちはうまく遊び方を知っているし、時間の使い方がうまい。次の練習のためのリフレッシュとして遊んだりしていますが、自分は遊び方もわからないんで、付いて行くこともできませんでした。当時はオフ・ザ・ピッチでもオン・ザ・ピッチも消極的だったと思いますね。初めての経験ばかりで理解できなかったことが多かったです。でも大学に入って、それは当たり前のことだと思ったし、自分はいい経験をできたと感じています。

 

-水戸での経験は今にどのように影響していますか?

満生:Jで7試合出場していますが、自分らしいプレーは一度もできませんでした。本当に別世界だと感じました。だからこそ、「もう一度あの舞台に立って活躍したいな」という気持ちになりました。今プロのチームと練習試合などで当たった時に、自分の武器は通用するなと感じますが、課題である判断の部分や技術といった点は、自分は大学レベル以下だと思っているので、そこを身体能力や体の使い方でどのようにカバーしていくかが問題だと思っています。

 

-体は年々大きくなっていませんか?

満生:元々筋肉質な体で、小学2年生の時には腹筋が割れていました(笑)。ある程度筋肉に負荷がかかるトレーニングをしたら筋肉がドンとつきますね。高校から水戸に入った時も、いきなりすごい練習をしたので、一気に体が大きくなりました。苦しい2年間でしたが、その間に体幹のトレーニングはしていました。

 

【次ページ】骨折で二年間のブランクもピッチに戻ることができた

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  • date:2013/06/10 17:31