阪南大のエース河田篤秀「偉大な先輩の背中を追って成長」

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26
09月
2014

阪南大FW河田篤秀
写真:阪南大FW河田篤秀)

昨年7選手をJリーグに輩出した阪南大学。「強烈な選手たちが抜け、今年は戦力が落ちる」これが今年の阪南大の前評判だった。しかし、今年リーグ戦13試合を終えて、2位に勝ち点差5をつけて首位に立っている。今季のチームの原動力となっているのはFW河田篤秀。セレッソ大阪ジュニアユースから、阪南大付属高校を経て、阪南大に進学。彼のここまでのサッカー人生や今後の目標について話を聞いた。

‐サッカーを始めたきっかけは?
河田篤秀(以下、河田):兄の影響でサッカーは始めて、小学校の時にボランティアでやってくれていたチームに入りました。その時はFWか右のサイドを務めていました。

 

‐セレッソジュニアユースに入ったのは?
河田:小学校6年生の時にセレッソカップという大会に参加して、そこで優秀選手に選ばれた選手は練習参加後に、セレクションなしでチームに加入できる権利があって、たまたま選ばれることができ、セレッソジュニアユースに行きました。練習参加して受かったと聞いた時はびっくりしました。

 

‐セレッソジュニアユース時代は充実していた?
河田:セレッソジュニアユースは中学1年生のチームと、2年生と3年生のチームに分けられていて、1年生の時は試合に出ていました。2年生になった時は、3年生にサイドバックが少なかったので、試合に出場できていました。

 

‐サイドバックにコンバートされていた?
河田:ほとんど3年間サイドバックでした。中学3年生の残り2,3ヶ月ぐらいの時に行われた練習試合で、「お前やりたいポジションとかあるのか」とコーチに言われ、「FWやりたいです」と答えました。その日の試合で点を取って結果を残してからはFWです。

 

‐苦労などはあった?
河田:つなぐより、蹴るタイプの監督だったので、僕はそっちの方が得意なので、苦労はあまりしませんでした。ロングキックばかり蹴っていたので、キックの精度は上がりましたね。あとはサイドを突破してからのクロスの質も良くなったと思います。

 

‐セレッソユースへの昇格の話はなかった?
河田:最初にサイドバックでは昇格はできないと伝えられました。その後、他の学校や他のクラブユース選手たちのセレクションの時に、FWとして昇格するチャンスをいただき、「FWとしてユースにこないか」と、昇格のお話をいただきましたが、その時には阪南大付属に行くことを決めていたので、お断りしました。

 

‐阪南大付属高校での思い出などはありますか?
河田:僕たちが入学した年から特待生制度が始まり、その年に大阪ベスト4に入って、近畿大会に出場でき、良い1年になりました。2年生になって、人生で初めてサッカーがあまりうまくいかない日々を過ごしました。悩んでも何も変わらないと思い、普段通りに過ごすと3年生になった時に自分のプレーが戻ってきました。

 

【次ページ】責任感のある選手への成長。最終的にはプロを目指す 

 

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