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【コラム】「パラグアイで戦う若者たち」 定國智之・交久瀬直人・山中敦史 Part2

03
04月
2014

写真:左から山中・交久瀬・定國)ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイに次ぐ、南米のサッカー古豪国であるパラグアイ。近年では、2010年のFIFAワールドカップ南アフリカ大会で、日本代表初のベスト8進出を阻んだ国として、記憶しているサッカーファンも多いのではないか。しかし、欧州と違い情報収集が難しい南米各国のサッカー情報の中でも、パラグアイのサッカー事情を耳にする機会は少ない。そんなパラグアイ2部リーグで、サッカー留学生として奮闘する3人の若者がいる。熱帯気候の属するパラグアイの中で、比較的過ごしやすい気温が特徴な4月中旬。彼らに会うために「聖母の被昇天」という名前に由来する、首都アスンシオンを訪ねた。 Read more →

【コラム】「パラグアイで戦う若者たち」 定國智之・交久瀬直人・山中敦史 Part1

27
03月
2014

(写真:スポルト・コロンビア)ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイに次ぐ、南米のサッカー古豪国であるパラグアイ。近年では、2010年のFIFAワールドカップ南アフリカ大会で、日本代表初のベスト8進出を阻んだ国として、記憶しているサッカーファンも多いのではないか。しかし、欧州と違い情報収集が難しい南米各国のサッカー情報の中でも、パラグアイのサッカー事情を耳にする機会は少ない。そんなパラグアイ2部リーグで、サッカー留学生として奮闘する3人の若者がいる。熱帯気候の属するパラグアイの中で、比較的過ごしやすい気温が特徴な4月中旬。彼らに会うために「聖母の被昇天」という名前に由来する、首都アスンシオンを訪ねた。 Read more →

【インタビュー】アルゼンチンに移り住んだフットボーラー。川匂久明

20
03月
2014

写真:川匂久明氏)「失敗しても、立ち上がって何回チャレンジできるか。それが僕にとっての生きていく価値です。」声の主川匂久明は、サッカー留学生から選手としてのキャリアをスタートし、19歳から21歳までアルゼンチンでプロ選手として過ごした経歴を持つ。引退後は、2011年より首都ブエノスアイレスに移り住みアルゼンチン人女性と結婚。現在は1児の父として、日系の自動車メーカーの下請け会社の管理職として働いている。そんな川匂が見たアルゼンチンとは。選手時代の記憶を中心に話を聞いた。 Read more →

【コラム】「ボカ・ジュニアーズの小さな案内人」太田ミハエル

13
03月
2014

写真:ボンボネーラの太田ミハエル)南米有数の名門チームであるボカ・ジュニアーズのホームスタジアム「ボンボネーラ」で働く17歳の日本人がいる。東京都で生まれ、日本人の父とペルー人の母を持つ太田ミハエルは、中学卒業を待たずして1人アルゼンチンへ渡った。もちろん当時15歳の少年には、アルゼンチンでの就職先のあても、現地の知り合いも皆無であった。 Read more →

「欧州と南米の指導方法から日本の育成世代の課題を紐解く」ジェフユナイテッド千葉U-18コーチ永田雅人

06
03月
2014

写真右:ジェフユナイテッド千葉U-18コーチ永田雅人)近年、海外を舞台に活躍する日本人選手の数は増加の一途を辿るが、海を渡る指導者の数も増えている。「海外との差を埋めるのは指導者の質の向上も求められる」という議論を耳にする機会は少なくない。今回話しを聞いた永田雅人氏は、大学卒業後ドイツ、イタリアで3年間指導者としてのノウハウを学び、アヤックス、パナシナイコスなどで指揮をとった名将ヘンク・テン・カテの指導法を肌で感じた。 Read more →

「ブラジルと日本を繋ぐ」通訳としての生き方。栃木SC古川宏人

27
02月
2014

写真:右 栃木SC 古川宏人通訳)ブラジルで選手としてプレーした経験を活かし、現在は栃木SCの通訳として活躍する古川宏人。助っ人選手として来日するブラジル選手が、日本の環境に適応できるか否かという観点の中で、通訳の果たす役割は決して小さくない。2013年シーズン栃木SCに在籍した三都主アレサンドロ(現:FC岐阜)は、「ブラジル人にとっては、何か困ったことがあればいつも傍にいてくれる心から頼りになる存在。皆の為に自然と動けているところは本当に尊敬に値します。」と吉川へ信頼を寄せていた。通訳とは「ブラジル人と日本を繋ぐもの」と話す吉川の考えを聞いた。 Read more →

【インタビュー】「サッカーで世界を一本の線に」稲若健志

20
02月
2014

写真:パルメイラス役員と稲若健志さん)マラドーナに憧れて海を渡った稲若健志は、一発勝負の入団テストで4得点を記録しアルゼンチンでプロ契約を勝ち取った。その後は、日本とアルゼンチンで活躍し、栃木SC在籍時に27歳で株式会社ワカタケを設立。2009年後の引退後は、アルゼンチンへの日本人選手の留学斡旋業、スポーツクラブのクラブマネージャー、スポーツスクールの運営、スペイン語の通訳、選手のマネジメント業務をこなし、セカンドキャリアを築いている。近年ではアルゼンチンだけではなく、レアル・マドリードのファンデーションキャンプの通訳を務めるなど、スペインとの関係性も強め、中国、ドバイといったアジアや中東のサッカー新興国との親交も深めている。そんな稲若が目指しているのは、「世界を一本の線で繋ぐこと」という。アルゼンチンや選手時代の話しを交えながら、稲若の描くビジョンに迫った。 Read more →

アルゼンチン奮闘記 小林徹、飯沼直樹のケース

13
02月
2014

写真:小林徹さん)都内の高校を卒業後、アルゼンチンに飛び出した小林徹は練習生を経て、20歳で念願であったプロ契約をCAヌエバ・チカゴと結んだ。しかし、小林がプロとして過ごせた時間はごくわずかであった。日本に一時帰国し、再びアルゼンチンに戻った際の空港で解雇を告げられる。この時生まれて人前で泣いたという小林は、人目をはばかる余裕もなく、溢れ出る涙をしばらく止めることができなかった。こうして、再び練習生としてアルゼンチンでプロを目指す日々が始まった。 Read more →

日本人初!ブラジルリーグ10代GK磯部和彦の軌跡。

05
02月
2014

湘南ベルマーレを退団後、新天地をブラジルに求めた1人の日本人GKがいる。2013年にブラジル・サンパウロ州に本拠地を置く、CAタボン・ダ・セーハ(セリエB所属)とプロ契約を結んだ磯部和彦である。(現在はCAジュベントス『セリエA3所属』にレンタル移籍中。)10代の日本人GKが、プロ選手としてブラジルリーグのピッチに立ったのは初めてのことである。 Read more →

【コラム】W杯初出場を決めたボスニア・ヘルツェゴビナとあるセルビア人の1日

22
01月
2014

( 写真提供・セルヒオ・カシチェビッチ2013年10月15日は、ボスニア人だけでなく、セルビア人にとっても忘れられない1日となった。ユーゴスラビアからの独立宣言から21年。“旧ユーゴ圏で最も帰属意識が薄い国”と評された、クロアチア人、セルビア人、ボスニア人の3民族から形成される連邦国家ボスニア・ヘルツェゴビナは、ヴェダド・イビシェビッチのゴールで敵地でリトアニアを1対0で下し、独立後初となるFIFAブラジルワールドカップ本大会への出場を決めた。 Read more →