【特集】日本サッカーの急成長時代を生きた金古聖司が考える東南アジアのサッカー

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04
03月
2016

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東福岡高では史上初の高校3冠に大きく貢献し、「黄金世代」を代表するディフェンダーとして期待された金古聖司。鹿島アントラーズなどでプレーしたJリーグ時代は怪我にも泣き、2009年シーズンからは戦いの場を東南アジアに移した。タイを先頭に、今まさに成長期に突入しようとしている東南アジア。日本サッカーの急成長時代を生きたセンターバックには、今の東南アジアはどのように映っているのだろう。

-2008年に鹿島アントラーズを退団したあと、東南アジアでの戦いを続けています。まず、最初のシンガポールへはどのような形で移籍したのですか?

鹿島で指導者としての話もいただいていたので現役引退も考えたのですが、怪我も多かったので納得していない部分もありました。Jリーグのクラブからの話もあったんですが、あまり進展しなかったので海外でのプレーを考えました。最初は韓国でチームを探していたんですが、シンガポールから話をいただいたのでそちらに移籍することになりました。

-シンガポールで3年過ごしたあと、インドネシア、タイ、ミャンマーと渡って、昨季で東南アジアでのプレーは計7シーズンとなりました。

東南アジアに縁があったのかもしれません。日本では調子が出てくると怪我をするような感じでしたけど、東南アジアに来てからはあまり怪我もしなくなりましたから。練習の強度の違いもあるかもしれませんが、暖かい東南アジアの気候も合っていたのかもしれません。シンガポールでは2度リーグ優勝することができて優勝メダルをもらったんですが、正直、Jリーグの時よりもうれしかったです。日本ではチームが優勝しても、自分はあまり試合に出ていなかったので。

-Jリーグから東南アジアに来て、ギャップを感じましたか?

最初はやっぱり感じました。シンガポールは、レベル的にも今のタイなどとくらべるとかなり落ちましたから。ディフェンスをサボる選手なども多かったので、最初の頃はとりあえず怒っていました。ただ、もちろん怒るだけではついてきません。長く東南アジアにいるなかで少しずつ、その国の人のために何ができるか、若い選手たちに何を伝えられるかということを考えるようになりました。国ごとに良さがありますし、それぞれのサッカースタイルというのも見えてきましたから。

-必ずしも日本が正しいわけではない、という考えに変わっていった感じでしょうか。

そうですね。今はたまたま日本が強い時期というだけで、東南アジアの国と立場が入れ替わる可能性は十分にあると僕は思っています。過去にはそういう時期もあったわけですし。特にタイやインドネシアなどは本当にサッカー熱も高くて、南米に近いような雰囲気があります。そういうものも選手を育てるのかもしれないとも感じています。国技までは行かなくても、サッカーが一番というのを強く感じますから。

 

【続きはコチラ】タイに続く国として金古が注目する東南アジアの国は?

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  • date:2016/03/04 17:28