【特集】元ラオス女子代表監督 本間圭氏「またアジアで指導したい」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

22
04月
2016

ASEAN FOOTBALL Linkより

指導者として中国、ラオス、スリランカとアジアの国々を渡り歩き、ラオスでは女子代表監督も務めた本間圭氏。他のアジア諸国との比較において見えてきた東南アジアサッカーの現状や可能性、そしてアジアでの指導経験で得たものなどについて語ってもらった。

-これまでラオスやスリランカなどの国々で指導をされてきていますが、海外で指導をしようと思ったきっかけは何ですか?
ラオスの前に中国の上海で日本人向けのサッカースクールのコーチをしたのが、初めての海外での指導でした。JAPANサッカーカレッジを卒業して、21歳の後半くらいからレノファ山口の前身にあたるレオーネ山口(現・レノファ山口)というクラブのアカデミーで働いていました。23歳になった頃に知り合いの指導者の方から上海のお話をいただいたのがきっかけでした。海外で仕事をするというのは初めてのことだったので最初は悩みましたが、最終的には「行ってみよう」と。

 

-指導者として海外に出てみようと決断した決め手は何でしたか?
JAPANサッカーカレッジの同期生がその当時海外でサッカー選手や指導者として頑張っている人たちがいたのですが、その影響もあってアジアに出てみようと決断したと思います。当時はすごいな、と思っていたので。

 

-上海ではどういった環境でどんな選手たちの指導をしていたのですか?
上海在住の日本人の子どもたちを教えていました。幼稚園から中学生までいました。スクールをゼロから立ち上げたところだったので、人数は少しずつ増えていったという感じです。そこで2年とちょっとコーチをしていました。

 

-そのあと、ラオスへはどういう形で行ったのですか?
上海での経験がきっかけになって、もっとアジアでチャレンジしたいなという思いが芽生えてきました。その頃、JFA(日本サッカー協会)のB級指導者ライセンスを受講していて、たまたまアジアで活動されている方と知り合ったのも一つのきっかけになりました。形としては、JICA(青年海外協力隊)からの派遣でラオスに赴任しました。

 

-「もっとアジアでチャレンジしたい」という思いになったのはなぜですか。
もちろんサッカーそのものはヨーロッパや南米に比べたらレベルは劣りますが、アジアでも学ぶことがすごく多いなと思ったんです。今はネットを見ることができるので、どこにいてもいろいろと情報を得る手段があります。日本で経験を積み上げるということもできたと思いますけど、アジアでやっていくのもいいかなと。実際、アジアでは想像を越える出来事がたくさんありましたから。

 

-アジアでの指導経験によって、何が変わりましたか?
時間の感覚など文化の違いがいろいろとあるので、そういったなかで得られる臨機応変さや忍耐といったものは、一つの経験になったと思います。いろいろなことを前もって考えられるようになったとも思います。アジアの環境に慣れすぎてしまって日本人としての感覚がなくなってしまわないかと少し不安になることもありましたが、アジアでも指導者として成長することはできるんだなということを感じました。

 

【続きはコチラ】南アジアと東南アジアの違い

ASEAN FOOTBALL Link

関連記事

「海外サッカー」カテゴリの最新記事

こんな話題も

  • date:2016/04/22 11:08